Ⅳ.

 
 

ー黒い衣装を脇に抱えた舞台作家

これはある踊り子の話だ

僕の聞いた話じゃない

いつだって人は他人なんだ

しかし歯が震えるほど透明な冬の空気は城壁をもろともせず乗り越える

そういうものだ。だから語ろう

彼は月の光に心を照らさせるとその光をスポットライトと勘違いしたのか生涯練習したダンスを始める

しかしなかなか上手くいかない

息は切れ、焦るほどに足元は縺れ、

顔を空に向けて透明な空気を吸おうとするが呼吸器官は変形し空気を飲み込むのに目一杯の力がいる

飲み込めない空気を噛み締め自分を宙に浮かせまいと試みたが

過去と未来の交差点に宙吊りになる

彼は息絶え絶えやっとのこと叫ぶ

観客はそれを勇ましい掛け声だと思う

喚起された観客は手拍子で彼をまくしたてる

汗を滝のようにかき始めるが彼は演舞を終えようとはしない

彼は見えない観客を喜ばせたいがために

いつダンスを終えればいいかわからないのだ

途轍もない郷愁と果てが遠くにある池の中で咆哮するのがわかる

しかし水面とは逆に一瞬の揺るぎもなく張り詰めた水面が

頭蓋骨の表面をなぞるようにして頭の内側を歪ませる

赤褐色の石像がすっかり世界を支配してしまう

彼の叫ぶ必死の助けは月夜に輝く蒼い葉に吸い込まれてゆくと

彼の過去は戦争を逃れた英雄騎士の記憶へと変化していく、

カカシのように動かぬ甲冑の中で彼は解放される

大いなる配線準備を始めたのだ