忘れられた物語たち( Forgotten Stories )

 

Prologue

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薄暗い廊下を歩いてゆく中で度々出会う「名前のないものたち」の語った物語。彼らが語る物語は、きっと今ままでに一度として聞かれたことはないだろう。

永遠にも見えるほどに先へ先へと続くあの廊下を歩き、其処彼処で出会う彼らが投げかけてくる物語に、私はこれからも答えを与えることはできるのだろうか。

いや、私は彼らに答えを授けてあげたことは数えるほどしかない。いつも私は彼らの話を聞き終わると、ポッケのなかを体裁悪く弄っては、最初に指先に触れたボタンだとか丸まったレシートのくずなんかを取り出して、うずくまる彼らに申し訳なく渡すのだ。名前など与えることはできない。

私のできることといえば彼らの話をじっと聴き、それを手元にある手帳に書き留めるぐらいだろう。だが時々、時間があるときは道中で拾った木片とか段ボールを使って、彼らに何かを作ってやる。それは時に翼や足の形をしているが、それが何を表しているか、何のために使われているかは一度もわかった試しがない。これを彼らにあげると、決まって彼らは子供が作ったような何かを体のどこかにつけて、何も言わずにそれごとどこかに行ってしまうのだった。

彼らは決まって廊下の端にうずくまり、その時をずっと待っているように見える。私が脇を通ると、ついにその時が来たかのように面だけをさっとあげ、光のない目で私をまっすぐ見つめるのだ。しかし、それが大きな勘違いだとわかると、もう何百回としたかのようにして、少し視線を下にずらすと、思い出すようにしてその物語を語り出す。

彼らは物語を語るが、そこにはいつも終わりと始まりが無い。意味という意味が全くもって欠落してしまっている。それは難解であるとか、荒唐無稽であるという以前に、すっかり存在していないのだ。それは誰かにとって英雄の勲氏でもなく、誰かが運命を見つける話にすらなることはない。この物語が大きな一つの場所から飛び出ているのか、全く別の場所の物語なのか、私は知る由もないだろう。

しかし彼らが語るその九十九番目の物語、これといって光にすらならない物語は、渓谷から覗くあの視線のように私を見つめ、私を郷愁でいっぱいにすることを拒まない。

 

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