Ⅸ.
ー痩せこけた中年男性
階段を上る音
婦人の肖像は既に扉を開け、壁に揺れている
天井に貼り付いた空から蜘蛛の糸が伸びている
延々と繋がるくすんだ橙煙の物語は、
その肖像をふたつにすっかり切ってしまい
ついに火に還ることはかった
なんどもなんども
頭を空に打ち付けて
まるで大海がほかの生命と出会うよう
彼らは水たまりだったのだ
世界は道端に落ちた
すべては水たまりの中で起きている
豚の昼寝が邪魔されることはない
ノックの音 ー
天井で太陽の軌道がずれる
耳をつんざく程のラッパが合図だ
英雄に用意された舞台装置が倒れ
街の警鐘が窓の外から響きわたる
ああ星の数ほどの生き物が屠られ
新しいものがたりを終わらせるために
神聖な準備を始めたとしても
「ブラボー!英雄の解放だ!解放の始まりだ!」
舞台の壁が箱を開けるように倒れる
エライザはさいはての動物
太陽を支配した獅子、もしくは牡牛の子
焼け焦げた白樺の床をそっと撫でると
後ろ脚が厳かに語りかけた
「 それで。どう思います?彼女ってば少女の真似をしてみせるように
膝をぴったりとくっつけて、宇宙の端っこで泣きだすのよ。」
画面の外で、太陽の軌道がまたずれる
ああ、おおいなる幻想が斬り殺されている
あのパン切りナイフが
片手に携えた数千の命を切り落としたのだ
でもそう、このままでいいのだ
きっと準備が終わるころになれば
「でもお分かりなの?貴方はいつでもそうやって、そうやってじっと考えてますね。夜から落ちてきた星屑を食べて、大きな海から水を飲むのね。自分が世界を救うでしょうね。でもそれはそこだけのこと。この小さな世界だけ。」
さてこの試みはいつから始まったのだろうか
理性を根こそぎちぎり、水の力をもって
語りべの恍惚感をもぎ取るのだ
しかし頭のウラにへばりく
骸骨のモニュメントを引き剥がそうとはしない
12番街が漁り残したような
外れたネズミたち
彼らは翼を生やし
太陽の熱によって存在を保証される
その偉大な光景たるや
いっそ、もうここまで来たなら
チャンスがあるかもしれない
翼の生え揃っていない少年の立つ丘から
輪郭も重みもきれいさっぱり無くなったその海の先まで
いっそのこと
さあ、そうなっては
橋の上で今夜会おう!
君は僕のくたびれた靴を履いて!
僕は君の真っ赤なドレスを着ながら!
ブロンズのブドウを摘もうとした
その前脚がふと止まる
きっとあの者たちは
今も私たちを見ているだろう
夜の奥に眠る物語、この舞台を