Ⅱ.
ー 骨のある新郎
彼は1人の娘と婚約の談義を取っているところだったが、その希望が示される先は一つの儀式であった。
儀式は3日後には取り仕切られ、そこで初めて彼は何者でもなくなり、婚約する予定の娘との境を打ち破ることができる。3日後、娘側の家族によってコンサートホールの最前列に簡易の祭壇が作られた。
その姿はまるで粗雑なトーテムポールのようになっており、束ねられたワラがまるで火あぶりの刑に処されるように掲げられていた。ワラの形も何処と無く人型のように作られ、違う点は普段は頭にくるところが火元と全く逆に配置されていることだった。つまり頭は火元を眺めるように下を向き、足は天井に向かって放り出されているように見えたのである。
誓いの言葉をおきまりのように済ませると、人型のワラの目前で、炎が点火された。
火元がした、つまりその人型の藁の目元にあるはずなのに、点火すると同時に、ワラは煙もあげず、上の方から燃え出した。
大体足元から段々半分くらいまで見えなくなると、炎は一気に勢いを増し、他半分を一瞬のうちに焼き払ってしまった。彼はその熱い風に耐えられないと思った。まるで彼の表面を溶かしてしまうかのように強く、熱く吹き付け、彼の意識の中では服や髪、表面を覆う肌までもが溶けてしまったように思えた。
しかし彼は幸せであった。遂にここまでも彼を溶かし切ろうとするまでのものが現れたのだ。全ての彼を覆う創造物が溶かし切られ、もう後に残るのは骨の美しさだけで、その美しさをもってして彼らは一つとなるのだ。
不意に目の前が明るくなる。未だ熱さは彼を溶かし切らんとしているが、露光したレンズが段々とぴったりはまってゆくように、彼の前に立ち上がる、一本の生き物がゆっくりと現れてきた。
彼は今迄、一本の生き物をみたことがなかったが、その姿は龍や蛇の類とよく似ていて、以外ところといえば全身が燃える墨のように光を放ち、光る鱗は鉤爪が重なり合うように生えていて模様が浮き出ているように重なり合っている。頭の形はどちらかというと哺乳類を模したヤギのような姿をしていて、窪んだ目元の先にはぽっかりと穴が空いたように暗く、しかしそれが迸る炎の陰ながら出来ているものなのか、彼には分からなかった。
段々と彼にとって親し異様な像にまで結び付けられるようになると、その一本の動物は勢いよく天井までかけ上がると、彼をめがけて一直線に降下してきた。
空気の間を進むようにしなやかに降下してくる一本の動物は音も立てず、尾を引く炎と塵がずっと後に置いていかれる様子以外を見れば、その動物がものすごい速度で降下してくる様子を掴めることは出来なかっただろう。
圧倒された彼は動物を見上げるように静かに仰向けに横たわると、その動物をまっすぐ見つめた。
動物は彼の心臓のあたりをめがけて、すごい速度で降下してくるが、ましたからその様子をのぞいている彼には、動物が近づいているのか離れていっているのかわからない。しばらく時間が止まったかのように、彼の周りでいろいろなことが瓦解し始めた。トーテムポール、そしてホールや、火を囲む娘の家族たちは段々と崩れていった。そういえば娘の姿が見当たらない。彼はそこで初めて、自分が神聖な準備を執り行っていることに気がついた。彼は彼女にあったことがなかったのだ。今まで一度というまでも。